シカ救助

シカが鎮座していた。富士山へ続くドライブウェイ。カーブを過ぎたその先の道のど真ん中で微動だにしない。慌てて避けて50メートルほど過ぎたところで車を停めた。どうしちゃったんだろう?取り敢えずシカが動くなり、後続の車に知らせる手立てをするなりしなければ轢かれてしまうのは時間の問題。救助のため緊急プロジェクトを立ち上げることになってしまった。さて、と…。想定外の出来事に準備しようにも軍手をはめて気合いを入れることくらいしか出来やしない。ま、仕方ないか。

さっきから全く変化のないシカへの距離を徐々に詰めていく。瞳は虚ろで小刻みに震えているようだ。「きっと車にひかれそうになってショック状態なんだろうな…」

シカまで1メートルくらいまで近づいた時、後続車が来る気配がした。相方が道路の中央まで行き、大きく手を振って異変を知らせる。1台、また1台…5台ほどの車が続けて通ったが、スピードを緩めながら好奇の視線を投げていくだけ。誰かが手伝ってくれるだろう、というのは実に甘い期待だった。車に注意喚起するのに時間をとられてなかなかシカを救助出来ずにいると、ようやく対向車線の車が停まってくれた。流暢な日本語を操る中東系の男性が降りてきて、事情を説明するとシカを運ぶ作業を手伝ってくれると言う。いくら動かないといっても相手は野生動物。いつ金縛りが解けて蹴り上げられるか…なんてドキドキしながら無事に路肩へ。幸いシカはケガをしている様子もなく、運ばれる際にほんのちょっと自分を取り戻したのだろうか、そのほっそりした脚で頼りなげだが立つことは出来るようになっていた。プロジェクト隊はその場で笑顔で解散。対向車線には興味津々でも降りてこない人達の車が連なっていたので、手伝ってくれた男性は慌てて車に戻っていった。

なんだかシカ助けをしていい気分でいたところ、「でもさ…」と相方。「通りかかった人も、手伝ってくれた人もきっとうちの車がシカをはねたと思ってるよね、きっと」